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泉北ニュータウンは、網の目のような緑道で包まれている。和泉中央にはない。千里や多摩にも、これほどの規模のものはない。すなわち泉北の〝売り〞である。
だが、この連休に緑道目当てにどれだけの人がやって来たか。30年ほど前、泉北ニュータウンが府企業局によって完成した頃。
各住区の近隣センターがにぎわっており、トイレやベンチがそろっていた。国が「スゴイ!」と表彰し、全国の建築家らが見学に訪れていた。
大蓮公園入口には考古資料館があって、須恵器の郷「泉北」をPR。ビッグバン裏には、泉北が一望出来る展望台もあった。地価は金剛の倍ほどで、輝いていた。
堺市に引き継がれた今はどうか。高齢者や車イスの人が、トイレを捜すのも苦労する状態だ。ベンチ・トイレ・樹木といった環境整備を急いで、昔日の面影を私達の手で取り戻そう。
私はツアーでウィーンの森を訪れたが、名ばかりで泉北の緑道のほうが良かった。問題はブランド。ベートーベンが名曲を編み出した小川、京大の西田博士が思索した哲学の道。
そこで問題!数年後の泉北の緑道は、どんな言葉が定着しますか。投稿下さい。
このコラムは個人の想いを綴っています。弊社の方針・見解ではありません。
記事中に掲載されている情報は掲載日(2023年5月12日)時点のものです。