[和泉市]平和が永く続く様にと「和泉」【社寺・旧跡めぐり】

投稿者 記者・ 杉本

泉井上神社

当たり前過ぎて普段は意識することもないが、この辺りの地名は読みにくいものが多い。百舌鳥(もず)、上神谷(にわだに)、美多彌()神社と枚挙にいとまがない。歴史が古い所には、この読みになぜこの漢字が当てられているのか不思議に感じられるものが多く存在する。今回の話は、なぜ「いずみ」は『平和の和に泉と書いて和泉』なのかについて。

 「いずみ」はJR和泉府中駅近くにある泉井上神社境内の泉(和泉清水)に由来する。新羅に向けて出兵した神功皇后が訪れた時、この泉が一夜で湧き出たことに因ちなんで国名を「いずみ(泉)」としたのだ。由来になるだけあって、豊臣秀吉が大阪城で茶の湯に使うために運ばせたほどの甘露だったという。話を戻そう。和銅6年(713年)、元正天皇が「二字佳名詔(めいのみことのり)」を出し、地名を中国風に二文字に、しかもその内一文字に縁起の良い字を用いることになった。

 ちなみにこの時、現在の奈良県にあった「倭」は「大和」に、現在の和歌山県あたりにあった「木」は「紀伊」になった。「いずみ」の国の長は平和が永く続くようにという願いを込めて、「和」を飾り文字(佳字<カジ>・嘉字<ケイジ>)として加えて「和泉」とすることを決めた。

『平和の和に泉と書いて和泉』というのは、「和泉」になった時の趣旨に沿う、良い説明の仕方だったわけだ。

泉井上神社

記事中に掲載されている情報は掲載日(2023年9月12日)時点のものです。

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