[和泉市]空海の伝説が色濃く残る/春木春日神社

投稿者 記者・ 杉本

春木春日神社の神殿

春木春日神社の神殿

和泉市いずみの国歴史館ブログで「ほとけとひと」展一押しの仏像に挙げられ、「和泉市の至宝」展でも話題になったのが観福寺(和泉市春木町)の弥勒菩薩坐像だ。弥勒菩薩坐像は奈良時代に作られた和泉市内最古の仏像で、元々は冬堂にあったという。冬堂とは医王山宗福寺のことで、弘法大師空海が一冬籠ったことから冬堂と呼ばれた。地元には冬堂にまつわる伝説がいくつか残っている。

宗福寺は明治3年に廃寺になるまで、春木春日神社(和泉市春木町冬堂)の境内にあった。春木春日神社は春日大社の創立にあたって常陸国から鹿島明神を遷座する時に立ち寄ったことから祭られた。

境内には大同3年(808年)弘法大師冬籠遺蹟の石碑がある。弘法大師が村人に水を求めたが断られたため、春木に水が湧かなくなったという伝説がある。それでも一冬滞在されるとは御心が広い。

弘法大師ゆかりの石碑
弘法大師ゆかりの石碑

宗福寺は文永2年(1265年)に伽藍が建立され、松尾寺奥の院として隆盛を誇ったが、天正年間(1573〜92年)の兵火で焼け落ちた。その時、残った仁王像は天野山金剛寺に、梵鐘は北辰妙見(ほくしんみょうけん)神社(和歌山県伊都郡)に飛び去ったという伝説がある。弥勒菩薩坐像の移動もこの時か。

不思議な話ではあるが、大正2年の調査で北辰妙見神社から文永二年と刻まれた梵鐘が発見されているので、この伝説には何がしかの真実が含まれているようだ。

境内の槙と椿は大阪府の天然記念物に指定されている。天正年間に織田信長による兵火を2度も受けたが、翌春には新芽を出したという伝説があり、不老延命の御神木として信仰されている。春は椿の花の首輪を女児に、秋は槙の実を男児に与え、無病息災を祈るという。ただ、樹齢約250〜300年で、伝説とは開きがあるのが謎である。

春木春日神社周辺地図

※2018年3月22日号の記事を再度掲載します。

Information

以下の情報は2026/01/13時点のものです

春日神社(春木町)

電話番号
0725-54-0352
住所
大阪府和泉市春木町609-2

Googleマップで開く

記事中に掲載されている情報は掲載日(2026年1月18日)時点のものです。

泉北・金剛さやまコミュニティでは、新しいお店の情報や季節の移り変わりなど、いろいろな情報を募集しています。
投稿・情報提供いただき、採用された方から抽選でプレゼントを進呈しています。お気軽に投稿してください。

春木春日神社の神殿
最新情報をチェックしよう!