[堺市南区]古代の天皇家と深い縁/櫻井神社

投稿者 記者・ 杉本

櫻井神社

櫻井神社は秋祭りに奉納される国選択・府指定無形民俗文化財のこおどりが有名で、上神谷(にわだに)の八幡さんと呼ばれて親しまれている。

櫻井神社 こおどり

櫻井神社の歴史は古く、古代この地を治めた櫻井氏が先祖の武内宿禰(たけしうちのすくね)を奉斎したのが始まり。597年(推古5年)、この地に現れた八幡神を祀った祠が合祀され、上神谷八幡宮とも称するようになった。

八幡神とは応神天皇の神霊だ。櫻井神社は本社で応神天皇と両親の仲哀(ちゅうあい)天皇と神功(じんぐう)皇后を、合併した武内神社で彼らに仕えた武内宿禰、同じく合併した国神社で皇室の祖神・天照大神を祀っている。

神功皇后と忠臣の武内宿禰が三韓征伐や畿内平定を成し遂げた後、応神天皇と子の仁徳天皇から天皇の権力が強大化した。仁徳天皇の系譜は南大阪に次々と巨大古墳を作り河内王朝と呼ばれたが、武烈天皇で途絶えた。そこで応神天皇5世にあたる仁徳天皇の異母弟の子孫が探し出されて継体天皇となり、朝廷は大和に移った。八幡神は継体天皇の子の欽明天皇の代に各地に現れ始め、欽明天皇の娘の推古天皇の代に武内宿禰縁(ゆかり)の上神谷に祀られた。朝廷は皇祖神・応神天皇に連なると誇示する必要があったようだ。

櫻井神社周辺地図

櫻井神社の境内にある上神谷戎は十日戎と餅まきで毎年大いににぎわう。上神谷八幡宮に上神谷戎、上神谷という名は鉢ヶ峯に天照大神が降臨したことに由来する。鉢ヶ峯で天照大神を祀っていた国神社は明治43年に櫻井神社に合祀された。元々国神社に奉納されていたこおどりは国神社から行列を始めて櫻井神社で奉納されるようになった。

国神社は天照大神を祀る伊勢神宮内宮の真西に位置している。内宮から国神社を通り、さらに西に延長した先には、天照大神の父神・伊弉諾(いざなぎ)が眠る伊弉諾神宮(淡路島)がある。ここまでくると、櫻井神社が古代の天皇家の歴史と深くつながっていると感じるのは私だけではないだろう。

※2017年12月21日号の記事を再度掲載します。

Information

以下の情報は2024/12/23時点のものです

櫻井神社

電話番号
072-297-0043
住所
堺市南区片蔵645

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営業時間
開門時間6:00~19:00
受付時間9:00~16:00
駐車場
あり
記事中に掲載されている情報は掲載日(2025年10月19日)時点のものです。

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