(郷土史家 檜本多加三<檜尾在住>)

行者堂の広場で遊んでいた子どもたちが、靴脱ぎ石の所でゴシゴシしている若者を見つけて集まってきました。
「兄ちゃん、何してん?」
「俺のな、嫁さんが妊娠してな。それで元気な赤ちゃんが生まれて、嫁さんも元気でいて欲しいと願をかけてるんや」
「それで何してん?指から血ィ出てるで」
「赤ちゃんと嫁さんが元気でいて欲しいから、この靴脱ぎ石に穴あけてるんや」
「穴開けるって、兄ちゃん、親指で石に穴あけるって無理や、血ィ出てるがな」
「でもな、赤ちゃんと嫁さんが元気でいてくれるんやったら、親指の皮が破れて血ィ出たってかまへんのや」
「それで分かったわ。前々からこの靴脱ぎ石は、タコ焼きの鉄板みたいな穴があいてるけど、何でやろ?とみんなで言うてたんや。赤ちゃんとそのお母ちゃんが元気でいてくれるようにと願をかけて、兄ちゃんみたいに穴あけてたんやな」
泉北から泉南にかけて、主に熊野街道に沿って、神社仏閣の石に安産を願っての穴があけられ、この風習を「泉州の安産信仰」と呼んでいます。
檜尾行者堂だけではありませんが、貝塚や岸和田あたりに大量に見つかる「タコ焼き器のような石」の北限に近い所にある一つが、檜尾行者堂の靴脱ぎ石で、役行者ゆかりの行者堂としても有名です。



