(郷土史家 檜本多加三<檜尾在住>)

「合格祈願で家原(えばら)さんに行きたいんやけど……。ここを東に行くとよろしいんですな」
「そうです、この城跡を東に行くと、行基ゆかりの家原さんはすぐそこです」
「ええ?ここが城跡ですって?」
「そうでんがな。信貴山城にいた松永久秀の出城で、堺への前衛の城がここにありましたんや」
「それ、いつ頃の話でっか?」
「織田信長が京に上ってくるまでの戦国時代の覇者は、阿波からやってきて堺の財力と組んだ三好長慶でしたやろ」
「そうでしたか」
「その三好長慶が亡くなり、三好勢力が三分裂した頃の話でんな。長慶の養子の義継、一族の三好三人衆、そして家老格の松永久秀の三つに分かれて戦っていた1565年前後の話ですわ」
「ホンマにえらい詳しいでんな」
「堺に住んでるんやったら、これくらいのこと知っとかんとなぁ」
「嫌味でっか」
「堺は歴史の宝庫やっていうことですわ」
「エエこと言うなぁ。百舌鳥古墳群が世界遺産に登録された上に、智恵文殊は行基さんの出身地やし、信長以前の覇者だった三好ゆかりの地ということですな」
「アンタ飲み込み早いなぁ。合格間違いなしやで」
「いえ、私が受験するんと違うて、私の孫の合格祈願で来ましたんや」
「今は受験戦争やけど、昔はこの堺でも戦(いくさ)があったっちゅう訳や」
「どっちにしても、戦争は嫌やなぁ」
城跡の丘は戦後切り崩され、今は北側に新しい堺市民病院が建てられています。
(注:堺市民病院は2015年現在地に移転し「堺市立総合医療センター」に改称)


